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vol.113 #16 渡井 理己

vol.113 #16 渡井 理己『「あいつがいれば勝てる」「あいつがいれば何とかしてくれる」そう思われる選手になりたい』

姉の影響で始めたサッカー
名門・静岡学園高校で
250人を束ねる主将に

サッカーを始めたきっかけを教えてください。

記憶にはないですが、3歳くらいから始めたと聞いています。4人きょうだいで最年長の姉がサッカーを始めたことがきっかけで全員がやるようになったそうです。

小さい頃はどんなプレイヤーでしたか?

基本的には変わっていません。ドリブルで仕掛けて、得点を狙うタイプでした。指導者の方が自由にプレーさせてくれたこともあり、自然とそういったプレースタイルになっていった気がします。

有名なクラブでプレーしていたのですか?

いいえ、地元のチームです。中学時代も地元のチームでプレーしていました。

そこから静岡学園高校に進学した経緯を教えてください。

(静岡学園は)中高一貫の学校だったので、正直なところ中学からの入学を考えたこともありました。ただ、諦めたと言いますか、入学することができませんでした。その後は中学時代の監督が静岡学園高校OBだったこともあり、よく練習試合をさせてもらっていました。それを機に練習に参加させてもらうようになり、これが高校から入学するきっかけになりました。

試合に絡み出したのは、いつ頃でしたか?

1年生の夏ぐらいにトップチームに入ることができましたが、試合にはまったく出場できませんでした。選手権になるとメンバーからも外れて、そこからはずっとBチームでした。2年生の進級を機に再びトップチームに入ることができましたが、1年生の頃はいろいろと難しかったです。

高校3年時には主将を務めましたが、3学年合わせて選手は何人いましたか?

250人くらいでした。入学時には自分がキャプテンになるとは思ってもいませんでした。特別にキャプテンシーがあるわけでもなく、言葉で誰かを動かすような選手でもありませんでしたから。ただ、いま振り返るとキャプテンの役割を与えられたことで責任感を持てるようになり、チームのために自ら行動するようになったと思います。

絶対的な自信を誇るドリブル
忘れられない敗北のPK戦

ドリブルには、どれくらい自信を持っていましたか?

高校時代、取られる気はしなかったです(笑)。当時の練習は本当に厳しく、上手な選手ばかりでしたが、その中でできないことができるようになり、どんどん自信につながっていきました。

同世代でライバル心を燃やした選手はいましたか?

大宮アルディージャの奥抜侃志(おくぬき かんじ)選手です。足は自分より速いですが、タイプで言うと自分と近いものがあり、高校時代に最もすごい選手だと思いました。対戦していたわけではないですが、世代別の代表で一緒になったときにそう感じました。

その話を本人にしたことはありますか?

いや、ほとんどないです。だから、まったく気付いていないと思いますよ。これを読むことがあれば、初めて知るのではないでしょうか(笑)。

高校時代に最も印象に残っている出来事は何ですか?

選手権予選(第96回全国高等学校サッカー選手権大会静岡県大会)の決勝です。負けたんですけど(涙)。

ドリブルで5人も6人も突破して得点まで決めた試合のことですか?

そうです。自分が思う最も綺麗な形で得点することができました。自分はミドルシュートを打てる選手ではありませんし、泥臭く得点を決められるタイプでもないと思います。そんな自分が、最も理想的な形で得点できたのがあの試合でした。

最終的には同点に持ち込まれ、PK戦で敗戦となりました。どういう心境でしたか?

最悪でした。自分がPKを外して負けているわけですから。3人目で相手が外して、次に自分の番になり、これを決められれば勝利する流れだと思いました。ただ、自分のシュートはバーの上を越えていきました。忘れられません。

プロ2年目のいま、そのPK戦がどんな糧になっていますか?

すごく悔しくて、「プロとして試合に出る」という原動力になりました。その思いは強かったですし、自信もありました。ただ、プロ初年度でリーグ戦に出場することは叶いませんでした。

メンバー入りを含め、より結果がシビアに評価される場所だと思います。リカルド監督も結果にはシビアな監督だと思いますが、結果の重要性をあらためて感じていますか?

そう思いました。まずは練習からもそうですし、試合で結果を出すことができれば重宝されると感じています。結果の重要性はプロになってより痛感したことです。

シビアだったプロの世界

話は前後しますが、オファーに関する話も聞かせてください。谷池洋平強化部長(当時は強化担当)を中心として、強化部は早い時期から興味を示していました。どう感じていましたか?

プロになりたいという気持ちはありましたが、具体的ではなくぼんやりしたものだったので正直なところすごく驚きました。高校2年生の終わりぐらいから興味を示してくれていたのですが、ずっと足を運んでくれていて信頼していましたし、練習に参加したときにも徳島のスタイルを教えてくれました。本当に嬉しかったです。

志向するスタイルを早い段階で知ることができたのは、決め手の1つになりましたか?

なりました。自分のようなタイプを活かすにはある程度スタイルが確立されているチームである必要を感じていました。また、観ていて面白いサッカーをする部分も魅力的で決め手になりました。

ただ、実際にプロ入りしてシーズンが始まると、初年度はフィジカル面の課題があり、ドリブルの特長を出すことにも苦戦していました。どういう精神状態でしたか?

とにかく憂鬱でした。自信を持って練習できておらず、「ミスをしたらどうしよう」と緊張しながら練習していた時期があります。

その時期を乗り越え、シーズン終盤には自分らしさが戻ってきたように思います。また、いい状態を維持して今シーズンに入り、第6節・新潟戦(1-0)で待望のJリーグ初出場を果たしました。何か変化となるきっかけがあったのですか?

昨シーズンはいろんなことに一喜一憂している自分がいました。気持ちがブレたこともあります。ただ、試合に一切絡めなくなり、自分に何が不足しているのかをより深く考えるようになりました。追加メニューで練習をしてもらいながら、少しでも足りないことを練習して、とにかく何度失敗してもチャレンジする気持ちで練習できるようになりました。

プロ入りの際には、そういう壁にもぶつかると考えていましたか?

自分の中で「どこかで出場できるのでは」という甘い気持ちがあったのかもしれません。振り返るとプロ入りして早い段階(2018年の第2節・熊本戦、第3節・大宮戦)でベンチ入りできたことを勘違いしてしまった部分はあったと思います。

継続。そして、その先の結果へ

課題を克服しながら、いまは渡井理己のスタイルを徐々に表現できるようになってきました。次の目標は何ですか?

ポジションを考えると、得点を取れるかどうかが重要になってきます。「あいつがいれば勝てる」。「あいつがいれば何とかしてくれる」。そう思われる選手になりたいです。やはり得点を取り、結果を残せる選手になりたいですね。

最後に座右の銘のようなものがあれば教えてください。

「継続すること」です。個人としても、チームとしても、いろいろなことが起きます。ただ、そこでもブレずに続けることができていれば、チャンスは必ず来ると思っています。そのチャンスが来たときに、しっかりと仕留める。そして、次につなげていきたいです。

プロ入り初ゴールがもうすぐそこまで来ているように感じるのですが?

チャンスがあれば積極的に狙っていきたいと思っています。もし、この原稿が公開される前に、僕が初ゴールを決めたら、初ゴールのコメントを追加しておいてくださいね(笑)

取材日は6月11日。そして、その4日後(6月15日)の横浜FC戦で、渡井選手は見事にプロ初ゴールを決める! 渡井選手との約束を果たすために、試合後のコメントを掲載しておこう。

〔横浜FC戦 試合後のコメント〕
初ゴールの感想を聞かせてください

最高です(笑)。投入された場面では勝っていたので、とにかく失点しないことを前提に、サイドバックのところにうまくプレスへ行きながら、あとは前を向いて勝負をしろと言われていました。

体が動けていましたね?

考えて動くよりも、先に体が動いていることは自分の中でも良い状態ですし、守備のところでも最後スライディングでボールを取りにいくことができたり、そういったところは一つ成長できている部分かもしれません。(ゴールシーンは)練習でサイドに流してから中へ入っていく形を練習していましたし、ああやってシュートを打てるのは自分の中でもめずらしいので、ちょっと驚いています。雨でピッチも濡れていましたし、相手の嫌な位置をチーム全員で意識していました。今回のゴールでやっと一歩前進できたかなと思うので、この先も積極的にゴールを狙っていきたいです。

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