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Vol.04 西河 翔吾

理想のゴール

「あまり大きな怪我をしたこともないし、どちらかというとトントン拍子にここまできました。そういう意味で、挫折経験がないことが怖くはあります」

広島修道大学在学中の2005年、現役大学生のままサンフレッチェ広島とプロ契約を交わし、Jリーガーとなった。
2006年3月に大学を卒業、同年9月に徳島ヴォルティスへ期限付きで移籍。現在も主力選手として活躍中の西河翔吾。
一見順風満帆なサッカー歴に見えるが、スタッフ曰く「挫折経験がないのではなく、挫折を挫折ととらえないポジティブな性格」とのこと。

「たしかに最高にプラス思考ではあります(笑)。強い気持ちを持っていればたいていのことは乗り越えられると思うし。今までもサッカーが好き!
という気持ちだけで進んできたような気がします。スポーツをやっていれば負けることは必ずあると思うんですけど、やっぱり切り替えが大事ですよね」

そんな彼の闘走心がギラリ光った言葉をひとつ紹介したい。
「試合はやってみないとわからない、やればできると思っているから」

プロとしての初ゴールは2007年11月25日のザスパ草津戦。
同点ゴールではあったものの、気持ち的には“勝った”気になるほどうれしかったという。だが……。

「去年のホーム最終戦が初ゴールだったんですよ。初ゴールって想い出に残るものじゃないですか。それがね、ほんとうに格好悪いゴールだったんですよ(笑)。自分の中では、セットプレイからヘディングでドーン!みたいなイメージが理想だったんですけどね。残り時間あとわずかってところで。だれかが蹴って、こぼれたボールを味方の選手がシュートするんですよ。で、はじいたボールを僕が体ごと泥臭くチョロチョロっと。『あぁ、これが俺の初ゴールか』と(笑)」 

ディフェンスというポジションの性質上、ゴールの機会はあまりない。しかし、だからこそ、思い描く理想のゴール・シーンがあるという。

「でも、今年の初ゴールは、セットプレイで、コーナーキックで、理想的でしたね。それもまた同点ゴールなんですけど。綺麗に入ったかなと」

西河のこだわりはパフォーマンス的要素。観ている人の期待を裏切らないワクワクするようなゴールを決めたいのだと語る。

「たとえば逆転ゴールとか、1対0で勝って、その1点は僕のゴールみたいな感動的なパフォーマンスを考えているんですけど、今のところ出せていませんね(笑)。そんな理想的な試合をしてみたいな、と。それが僕の目標です」

理想のゴールの前提はもちろん、敵の得点を“0”に抑えること。

「0点に抑えれば負けることはないじゃないですか。そういう試合は達成感がありますよね。フォワードの人には味わえない喜びがあると思います」

西河翔吾

転機と目覚め

小学校時代はキャプテンで10番。
中学時代は広島大河フットボールクラブに所属、この頃からDFとしてプレーをはじめる。

「ありがちなパターンで(笑)。フォワードをやったり、いろいろと。もともと守りの人じゃなかったんです。そんな感じで高校に入って選抜に選ばれたりもしましたけど、中学校の3年間はいわゆる選抜っていうものに入ったことがなくて。まわりのともだちは何人か行っていましたけどね。ただやっぱりサッカーが好きで、ずっとやっていて。ともだちもたくさんできたし、とにかく楽しかったですよ」

最大のターニングポイントは、その存在を見出してくれた足立修スカウトとの出会い。
2003年、天皇杯の広島県予選にあたる全広島サッカー選手権大会で、サンフレッチェ広島ユースと対戦。驚くべきことに、西河にチャンスを運んだのは対戦相手のスカウトマンだったのだ。

「その場所に足立さんがいなかったら、どうなっていたかわからないですよね。とりあえず1週間(サンフレッチェ広島の)練習に来てくれって言われて。すごく緊張していて。大学のサッカー部のみんなにも『こういう練習法があるよ』とか教えたかったんで、みんなに伝えられるように一生懸命やっていました。そしたら『また来てくれ』って」

意外なことに、この時点で彼はまだプロになることを意識してはいなかったそうだ。

「国体に出て、少しは名前も知られるようになって、いろいろ誘いはあったんですけど、それまではぜんぶ断っていたんですね。『サッカーはもういいや』って思っていたんですよ。だからそんなにスポーツに力を入れてないけど『いいな』と思える大学に行きました。入学後特に何がしたいっていうのもなかったんですけど、広島に残って楽しくサッカーをやりたいなって気持ちで」

同年12月までサンフレッチェ広島の練習に参加。翌年1月には合同自主トレーニングを行い、つづけて2月のキャンプにも参加。キャンプが終わると同時に、大学のチームに所属したままJリーグに出場できる“特別指定選手”に認定された。

「それって一握りの選手しかなれないものですからね、自信にもなりました。プロと一緒に練習してみて、ハイレベルなサッカーを知るたびにやりがいを感じたし、プロの世界は環境も整っているじゃないですか。で、そのときはじめて『プロになりたい』と思いました」

西河翔吾

西河翔吾

成長、そして感謝

2006年9月の移籍から3シーズン目が訪れた。今ではゲームキャプテンとしても奮闘中の西河だが、徳島入りした当初は気分的に沈んだこともあるという。

「移籍話の3日後くらいに、身の回りの物だけ持ってひとりで徳島入りしたんです。ところがすぐにケガをして。幸いたいしたケガじゃなかったので、2週間ぐらいで治りましたけど。まだ友達もいなかったし、けっこうブルーになっていましたね。もちろんすぐに立ち直って、『がんばろう!』と思いましたけど(笑)」

2シーズン目の2007年はあっという間に過ぎた。
「イイ感じの年ではなかった」と振り返る理由のひとつが「イエローカードのもらいすぎ」だそうだ。
とはいえ、そんなこともすべて含め、いろいろな経験を通して成長した1年でもあったのだが。

「気持ちの面で成長したような気がします。技術は急に伸びることはないと思うんですけど、自分なりに分析してみると、やっぱり気持ちが強い選手が残っていくんだと思いますし。カードもね、今年はちょっと少なくしようというのが目標でもあります」

今年は“もらっても仕方のないカード”が4枚。
「それでも成長したかなと(笑)」

2008年のヴォルティスはというと、
「オープンで風通しのいい環境になった。監督も面白い人で。情熱的だけど、関西人なので笑いがわかるし、選手の立場もわかってくれる。選手の話をよく聞いてくれるんです。クラブハウスも恵まれているし、これだけの環境を与えてもらったらやらなきゃいけないな、と。そう思える選手が増えてくれば強くなると思うし。それをあたりまえと思ったらそこまでですよ」と熱く語る。
「広島にいるころはまだ若くて、(年)上の選手についていくっていう感じだったんですけど、もう若くない世代になってきたんで、自分がチームを引っ張っていく ! くらいの意識を持つようになってきましたね。できれば、若い選手の目標になれるような選手になりたいと思っています」

サッカーに夢中だった少年時代を経て、ボールボーイとしてピッチの外でサポートをしていた大学生が、今やヴォルティスになくてはならない存在としてピッチに立っている。
そんな西河だからこそ、プロを夢見てがんばっているサッカー少年たちに贈りたいエールがある。

「僕はそんなに昔からサッカー選手になりたいと思っていたわけじゃないけど、サッカーが好きでただ一生懸命やってきた。そして、やりつづけたことが今につながっている。誰がどこで見ているかわかんないし、常にがんばることが大事です」

さらにホームゲーム来場者30万人を目前に、ヴォルティスを支えてくれるすべての人たちに感謝の気持ちを込めて。

「シーズンはまだまだ続きます。ヴォルティスはこれからホント強くなっていくと思うし、またそうなるために今フロントも選手もがんばっているところなので、これからも僕たちの支えになってください! よろしくお願いします」

西河翔吾

西河翔吾

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