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Vol.06 菅原 康太

サッカーをつづけるために

「ドリブルで行くよりも、パスを出してもらって裏に抜けてゴールに絡むっていうのが自分の持ち味なんで。そのスタイルは変えないでやっていきたいと思っています。とにかく、今年1年修行ですね」と、自らのサッカースタイルを分析する期待のルーキー、菅原康太。

北海道のサッカー強豪校、室蘭大谷高等学校で1年の時からレギュラーとして活躍。国士舘大学へ進学後、2007年には関東大学1部リーグで4位となる11得点をあげ、2008年に徳島ヴォルティスへ入団。サッカーをはじめたのは小学2年のときだが、当時彼の父親はサッカーをはじめることに大反対していたという。
「父と母はもともとバスケットボールを通じて知り合って。父はずっとバスケットのコーチをやっていたんですよ。母は、僕には自分の好きなスポーツをやらせたいと言ってくれていたんですけど、父がなぜか『ぜったい野球だ!』と。なんでバスケじゃないのかな、と(笑)。で、僕が、野球とサッカーだったら『サッカーをやりたい』と言ったらしくて。母が勝手にサッカー用品を買いに連れて行ってくれたのがはじまりですね。父はその後もずっと反対してましたけど」

父親の反対を押し切り、小学校のサッカーチームに入団したものの、慢性的な扁桃腺炎のため、練習翌日には必ずといっていいほど発熱していた。
「それで2年生のときに扁桃腺を除去する手術をしたんです。で、3年生の間は体を鍛えつつ、漢方薬を飲んだり、いろいろな治療をしたりして、4年生からまたサッカーをはじめました」
約1年間のブランクを経て元のチームに戻るが、団員激減のため、彼が小6のとき他校のチームと合併することに。
「もともと地区大会で決勝を争うようなチーム同士の合併だったので、合併後は全国大会に出場できるほど強くなったんですよ。で、小6の夏の北海道大会で優勝。フットサルは全国大会でも優勝しました。僕はずっとレギュラーでしたけど……。小学生くらいのときって、ちょっと背がたかったり、足が速いだけで“なんとかなる”ってところがありますからね(笑)」

そのまま中学時代もサッカーに明け暮れ、その後、部員100名を抱えるサッカーの強豪、室蘭大谷高等学校に入学。高2で全国高校サッカー選手権大会に出場を果たした。
「僕もレギュラーとして出場はしましたけど、このときは1年上の先輩、3年生がすごくよかったので、連れて行ってもらった感じですね」
名門、国士舘大学への進路を決めたのは高1のとき。サッカーをつづけることはもちろん、“体育教師”という将来の選択肢も考えての決意だったそうだ。
「学校の先生もちょっとやってみたいなっていう気持ちがあったんで。だから高校に入ってすぐ親に『大学に行きたいんだけど』みたいな話をしたんです。そしたら大学4年間までだったら学費を出してあげるって言ってくれて」
希望通り、卒業後は国士舘大学へ進学。1年生ながらJFLで18試合出場、6得点を挙げるなどの成績を残した。

菅原康太

菅原康太

意識の変化

「プロを意識したのは大学4年のときですね。大学生活も残り1年になり、『もっとサッカーをやりたいな』って気持ちになりました。4年生になってやっとスタメンとして試合に出られるようになって。大学リーグがはじまる4月ぐらいからスカウトマンとかが見に来るじゃないですか。で、“自分のことも目にとめて欲しい”という意識が出てきたんですね。目指すならトコトンやろう、って」
“プロになりたい”という菅原の念願は見事成就し、2008年、徳島ヴォルティスに入団。
徳島の土地には、ごく自然に馴染んだそうだ。
「馴染みやすい土地というか、懐かしい感じでしたね。じーちゃんも畑をやっていたりしたし、僕は人ごみも電車も苦手なんで、逆に大学進学で東京に行ったときの方が過ごしにくかったぐらいですよ。はじめて池袋に行ったときは友だちに『今日はお祭りをやっているの?』って真剣に聞いちゃいましたから(笑)」

そんな彼のひとつのターニングポイントといえるのが、2008年5月24日の練習中に負った怪我。診断結果は“頚部腕神経叢損傷”だった。
「練習中の接触でケガをして、救急車で運ばれたあと1週間入院していたんですよ。みんなが練習をしている間、病院でひとりの時間を過ごしているうちに『もっとサッカーをやりたい』って気持ちになったんです。自分ではよくわからないんですけど、退院後なぜかみんなに『変わった』と言われるようになりました」
“もっとサッカーをやりたい”
このときの強い気持ちは、今も彼の心に息づいている。

「プロの世界でサッカーをやるというのは、やっぱりやりがいがあります。覚えなきゃいけないことも多いし。グランドでどう戦うかを考えたときも『だったらこれは覚えなきゃいけないな』ってことがまだまだたくさんあるし。動き方にしても、他の選手のいいところを盗むのも勉強だと思っていますから」
プロになっていちばん変わったのは、その“意識”。
「試合中からすでに違うんですよ。たとえば学生時代は試合に負けても『あ~負けちゃったね、明日も学校だよ』みたいな(笑)。だけど今はぜんぜん違う。プロは1試合1試合が本気ですから」
どんなときも一生懸命やってきた。だが、真剣勝負としての意識レベルが格段に上がった。そして、それが“プロとアマの違い”だと痛感しているのだと。
「練習にしても、学生時代は『今日はキツイからこのへんでいいや』っていうのが正直あったんですけど、プロになったらサボることなんてできない。もっともっとやらないとダメっていうのは常にありますね。『点を取るためには、シュート練習だけでいいのか?』とか、『今の動きでは点を取れない』とか。とにかく自分で勉強しないとダメなんで、そういう意味でもやりがいがあります」
また、プロとして細心の注意をはらっているのが体調管理。
「プロになってからは常に体のことを気にするようになりましたね。こういうことをしたら明日疲れが残るんじゃないかなとか。オフ前日は遊ぶこともあるんですけど、それもやっぱり単なる遊びというより、ストレス解消が目的だったりするので」
菅原は今、文字通り“サッカー中心”の生活を送っている。

菅原康太

菅原康太

プロの壁

「僕は、自分の持ち味をいちばん出せるポジションがFWなんだと思っています。たぶん、僕には守りのセンスもパスを出すセンスも足りないと思うんで。だったらパスを出してもらって、それをつなげていこうと。セットプレイとかも含めて、誰もが点数を取れるポジションにいますけど、FWがいちばんシュートを打てると思うんですよね」
左利きのため「左足でシュートを打つのが好き」と語る菅原だが、残念ながら最近はこの左足を活かしきれていないという。
「最近は左足で打ってないですね。だから、右足のシュートも練習しなきゃダメだって思っています。プロの壁は高いですよね、ホントに」

プロの壁は今、現実的な取得点として彼の前に立ちはだかる。
「今現在、途中出場も入れて12試合ぐらい出ているんですけど……。正直、1点しか入れていないというのが“結果”なんで。シュートの数そのものも少ないと思うんですけど……。シュートを打った記憶もあまりないし、点数も取れていない。そこが課題っていうか。点数を取らなければダメだっていう課題がもう見えているんで、あとはそれをどうするか、ですね。シュート練習のバリエーションを増やしてやらないと」
原因を自分なりに分析し、「練習不足もありますけど、シュートを打てる場面を作れていないっていうのも原因のひとつ」とつづける。いろいろな人にアドバイスを受け、導き出した答えは、まずメンタル面の強化。
「自分が前を向かないとダメだ、というのがひとつの課題です。たとえ後ろ向きでパスをもらっても、貪欲に前を向いて打っていかないとダメだなと。大学時代は1試合平均5、6本は打っていたと思うんですよ、でも、プロになってほんとに減っちゃって。自分自身の意識をもっと強めていかないといけませんね」
さらに目指しているのが屈強な体作り。
「J2のディフェンスって、前にすごく強いんで、岩みたいに強い体を作らないとダメだなって、試合に出ていても感じます」

最終クールに向けての目標は、今年中に二桁の点数を取ること。
「途中から出場しても1点は1点なので、それを積み重ねていきたい。大学リーグでの1年間11点を、越えたい。今年中にぜったい二桁取ります! それが最低限の目標です」
菅原康太、23歳。これからの活躍に期待は高まるばかりだ。

菅原康太

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