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vol.117 #34 川上 エドオジョン 智慧

Vol.117 #34 川上 エドオジョン 智慧  『「試合に影響を与えている。」それができるようになったら、俺自身の中ではプロだと思える。』

プロ5年目のシーズン。
「いまが一番
という感じです」

プロ5年目。一番印象に残っていることは何ですか?

印象深いのは昨シーズンの「J2優勝/J1昇格」ですが、意外と今シーズンが最もたくさんのことを感じられています。昨シーズンは試合に全然絡めませんでしたが、今シーズンは少しずつ出場機会を掴めるようになったからです。だから、いまが一番という感じです。

プレシーズンから「違うぞ!」という感覚がありましたか?

はい。プロ入りしてから同じチームに2年連続で在籍していたことがなく、毎年のスタートはゼロやマイナスからでした。でも、今シーズンは同じチームということで、過去のシーズンと比べてサッカーに集中できました。一番いいキャンプの入り方ができたと感じています。

この2年、SBが主戦場になりました。どう感じていますか?

昨シーズンの序盤は中盤でした。ただ、自分としても上手く行っていないのを感じていて、チームが求めていることも表現できていませんでした。そこからSBになり、苦手な守備で難しさや課題もありましたが、チームとしてSBは守備専門というわけではないので高い位置を取って自分の良さを出すこともできました。シーズン序盤に中盤でプレーしていたときよりもポジティブな印象を持てたというか、自分の良さを出せる回数が増えていたのは確かでした。

小さなことから
変えていく努力

直近以外では、どんな記憶が浮かびますか?

プロ初年度の17シーズンは、気持ちの面でもサッカーの面でも圧倒されていました。ビクビクしながらやっていた記憶が多いです。キャンプが始まった頃は本当に何もわからなかったですが、逆にわからなかったからこそガムシャラにやっていたら得点が取れたりもしていました。でも、少しずつ時間が経って慣れてくると、はじめに感じられなかったことも感じるようになって・・・。

一番最初が楽だったという言い方は変かもしれないですけど、少しずつプロの大変さが見えてきました。それまで自分はサッカーが生活というわけではありませんでした。でも、みんなはサッカーが生活という先輩ばかりでした。すべてをかけていて、家族を養っている人もいます。当然ですが1つのミスにすごく厳しいですし、指摘もされます。これまでの自分はミスをしても気持を切り替えてというか、そこまで深く気にしていなかったというか。でも、それだけ厳しい世界なんだということをあらためて肌で感じるとビクビクしてしまいました。本当に圧倒されました。表現は難しいですけど、ポジティブなシーズンではなかったです。

プロ2年目は期限付き移籍先のカターレ富山で第5節から出場できるようになりました。プロ初年度は出場できていなかったので、この年に初めて勝ち負けにこだわること、試合に向けた準備など、いままで経験できていなかったことをたくさん経験できたシーズンになりました。個人的な結果やチームとしての結果は良い成績を残せませんでしたが、プロ初年度にはない経験ができた1年でした。

プロ3年目は期限付き移籍先のSC相模原で、俺の中では特にいろんなことを学べた大きな1年だったと感じています。いなさん(稲本潤一)やカンペーさん(富澤清太郎)、千明(聖典)くんには、本当にお世話になりました。試合に出られず、上手く行かない時間も多くありました。腐っていたわけではないですけど、振り返ると手を抜いていたときもあったと感じています。ただ、そんな時期にも、さっき名前を挙げた3人の選手が「お前はいい物を持っているよ」って褒めてくれて。その3選手以外にもたくさんの選手が練習に付き合ってくれました。プライベートでご飯に連れて行ってくれたときにも、アツい話をたくさんしてくれました。選手としてだけではなく、人として大切なことも学びました。プロ生活5年目になりますが、その中で最も人から何かを学んだ1年でした。

名前を挙げられた3選手には本当にお世話になったのですね。

そうですね。その中でも、一番はカンペーさんです。本当に良くしてくれて、自分を信じてくれました。それがきっかけで自分が変われたのではないかと思っています。実績があり、一緒にプレーしていても凄みを感じる選手でした。そんな人が自分にアドバイスをしてくれました。説得力があったというか、衝撃がありました。カンペーさんから「何か大きく自分を変えたいことがあるなら、小さなことから変えていく。そして、それを何カ月も続ける。3カ月、4カ月と続けていたら本当に変わるから」と話してもらいました。自分自身でしっかり受け止めて、続けているうちにスタメン出場できるようにもなりました。最も影響を与えてくれた人です。俺に対してもそうでしたが、チームに対しても「絶対にできるから!」と一度もマイナスなことを言わなかったです。でも、思っていないことは言わない人だし、何でもズバズバ言う人なんです。だから、余計に影響を受けました。

大槻さんが
自分の武器に
気付かせてくれた

最大の武器は何ですか?

一瞬のキレとスピード、1対1のキレとスピードです。ダッシュしたときのスピードも遅くはないと思いますが、ただ単に走って速い選手という風には思っていません。相手を抜くときやドリブルで仕掛けるとき。その一瞬のキレとスピードが武器だと思っています。

その武器が養われたのはいつですか?

武器だと気付いたのは高校3年です。それまでは意外と器用にトップ下とかでもプレーしていたりして、何が武器かと聞かれると「ドリブルが武器」みたいな大まかな答えしかありませんでした。でも、高校1年・2年と日増しにレベルが上がっていく中で、いままでのようには上手くいかなくなりました。そこからSHでプレーをするようになるのですが、大槻さん(※当時、浦和レッズユース監督)から「お前はカットインをするな。カットインは誰でもできる。でも、縦に突破できる選手は少ない。ワイルドにやれ。お前のキレとスピードなら行けるから!」と言われて。大槻さんが自分の武器に気付かせてくれました。実際、試合でも通用して“これが俺の武器なんだ!”と実感できたのが高校3年でした。

そもそもですが、サッカーを始めたきっかけは何ですか?

実は、野球を始めようとしていました。でも、そんな時期にサッカーを始めるきっかけがありました。友だちのお父さんだっと思うのですが、その方が監督を務めているチーム(西上尾キッカーズ)に「ちょっと来てみなよ」と誘われて練習試合に出場させてもらったんですね。そのときに2点くらい取ったのかな。初めての試合でしたけど、得点を取ったことが気持ち良くて(笑)。楽しいと思いました。それがきっかけで入団しました。小学4年くらいだったかなぁ。ちょっと遅いですよね。

そこから浦和アカデミーの門を叩きます。その経緯を聞かせてください。

埼玉県トレセンに選ばれていました。そこに名前のある選手は浦和や大宮から声がかかることが多かったです。それがきっかけでレッズを選びました。

浦和時代に学んだことは何ですか?

まずは、人間性を養う部分がすごく厳しかったです。例えば、脱いだ靴を揃えるとか、試合が終わったら来た時よりも綺麗にして帰るとか、挨拶とか。でも、俺は結構ヤンチャで(苦笑)。敬語も使えないタイプの子どもで、最初はめっちゃ怒られてましたね(笑)。サッカーについては、チームとしての約束事は求められながらも自分の武器を生かせという感じでした。

あと、勉強も厳しかったんですよ。学校のテストとかも含めて。成績が悪くて、練習中に勉強させられたこともありますね。

余談ですが、得意科目・苦手科目はありますか?

数学と体育が得意でした。あと、暗記系は意外とできましたね。苦手なのは、こんな顔ですが英語です(笑)。

総括するとヤンチャな少年時代だったんですね(笑)

めっちゃヤンチャでしたよ。高校のユース時代、実は練習に行っていない時期が1カ月くらいありました・・・。ずっと遊んでいて、家に帰るのも遅くて(苦笑)。そんなことをしてたら、大槻さんが家まで来たりして。大槻さんの車を知ってたので、その車を見ると窓から抜け出して友だちの家に逃げたり・・・(苦笑)。いま思い返すと、本当にお世話になりました。

子どもの頃、自分のヒーローはいましたか?

ロナウジーニョ(元ブラジル代表)です。YouTubeで映像をずっと観せてもらってましたね。トリッキーな感じとかドリブルが好きで、その影響で自分自身もドリブルが好きになりました。毎日、ずーーーと観てましたね。

アカデミー時代にはどんな成績を残しましたか?

ジュニアユース時代に全国優勝。高校2年のユース時代、俺は準決勝から体調を崩して出場できなかったですがクラブユース選手権優勝。高校3年にはプリンスリーグで優勝して、プレミアリーグ参入戦にも勝利して昇格しました。得点もたくさん取っていたわけではないですが、ちょこちょこは取ってましたね。

そうなると、プロも意識しますよね?

いや(笑)。正直、大学に行って、サークルでフットサルとかを考えたりもしました。小・中の頃はプロ入りを意識していました。でも、もちろんサッカーは好きなんですけど、楽しいことだけではないじゃないですか。特にレッズユースだと勝敗のこだわりも強いですし、練習もハードで、苦しい時間も多くて。大槻さんとの面談でそうやって率直に言ったら、ちょっと怒られましたね(笑)。そこからプロの道を考えることも話してもらって、自分でも考えるようになりました。

高校3年時、徳島へ練習参加。他にも選択肢はありましたか?

大槻さんが話をしてくれていたので、俺自身は一番初めに練習参加のお話をいただいた徳島のことしか知りません。徳島が駄目だったときは他の選択肢もあったかもしれませんが、オファーをいただけるなら行こうという気持ちでした。

人にはできなくて
自分ができるプレーを。
まず欲しいのは結果

現在地をどう捉えていますか?

うーん・・・。言い方は良くないかもしれないですけど、まだプロサッカー選手と思えていない部分が正直なところ結構あります。その理由は結果を出せていなかったり、試合に絡めていなかったりするからです。

プロ5年目になりますが、スタート位置にも立てていないと思ってしまっています。試合でチャンスを多く作れるようになったり・・・。うーん・・・。何て言えばいいのかな・・・。うーん・・・。自分のプレーで、ちょっと、こうやって、何て言うのかなぁ。「試合に影響を与える」プレーを出せていないというか。それができるようになったら、俺自身の中ではプロだと思える。どの選手も自分自身の良さを出して、なおかつ得点をしたり、チャンスを作ったり、アシストをしたり。それって、俺の中では「試合に影響を与えている」という感じなんです。そういう人たちがプロだと思う。俺はまだ影響を与えられていない。俺もそれができるようになったとき、スタート位置から先に進めるのだと思うんです。

ただ、いまも昔もそうなんですけど、そのスタート地点に立つことが最も難しいと感じています。慣れてきたらできることも増えるタイプだと思っているんですけど、最初は普段できていたことすら出すのが難しいというか。

何て言っていいのかわからないですけど、俺の伝えたいこと伝わってますかね。とにかく、まだまだ全然前に進めていないんです。そして、スタート地点に立つことも、まだこれからということが悔しいんです。すいません、なんか暗い話になっちゃって。

スタート地点に立ち、前進するためにも、どんなことを意識していますか?

結果です。

自分には足りないものもいっぱいあるけど、人にはできなくて自分ができるプレーもあると思っています。それをいっぱい出せるようになるためにも、まずは結果を求めたい。もちろん、その結果を求めるためには、いろんな準備をしなければいけない。当然そうです。でも、それも全部含めた上で結果を求めています。得点であり、アシストであり、得点に直結するプレーであり。そして、「試合に影響を与えること」ができた先に、たくさんの目標を持っています。

だからこそ、まず欲しいのは結果です。

結果を出して、試合後取材会見に登場する日を待ってますね。

はい!

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