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Vol.46 宮崎 光平

また徳島に来るとは
思わなかった

宮崎選手は鹿本高校卒業後、サンフレッチェ広島に入団。その後、アビスパ福岡、モンテディオ山形でキャリアを積んできた。小林監督には福岡、山形で指導を受けてきたが、実は高校生だった宮崎選手をプロにスカウトしたのも当時、サンフレッチェ広島のスカウトマンだった小林監督だったという。
「伸二さん(小林監督)とは本当に縁があると思います。練習後、いろいろなポジションの選手を呼んで個別に指導してくれる熱心さは昔からずっと変わらないですし、個人個人のプレーについても選手目線で指導してくれます。昨シーズン、山形でのプレーを終えて、次のチームを探していた時、最初に声をかけてくれたのがヴォルティスでした。天然芝のグラウンドが2面あるのをはじめ、クラブハウスなどの練習環境が整っていることもすごく魅力的でしたし、サッカーに集中できると思いました」

アビスパ福岡、モンテディオ山形在籍時にヴォルティスとは対戦経験もあり、鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアムの風がとにかく強かったことが印象に残っているそうだ。
「実はサンフレッチェ広島を退団した後、当時はJFLだった大塚製薬サッカー部の練習に参加したことがありました。最終的には、アビスパ福岡でそのシーズンはプレーしましたが、また、徳島に来ることになるとは思わなかったですね。ヴォルティスは関西出身の選手が多いせいか、チームのノリが明るいなと。初めのうちは関西のノリにちょっと戸惑いました(笑)」

今シーズン、ヴォルティスには宮崎選手を含め、10人以上の選手が新加入した。
「ポジション争いの厳しさは覚悟していたので、まずは試合に出るために、自分のできることをしっかりと練習で表現していくことを心がけてスタートしました。あたり前のことですが、その気持ちはシーズンが残り少なくなった今も変わりません」

宮崎 光平

宮崎 光平

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強豪校出身でないからこそ
続けてこられた…そう思う

サッカーを始めたのは小学校4年生の時。だが、多くのプロサッカー選手が経験してきたような道とは少し環境が異なる。
「小学校4年になったら皆、学校のクラブに入る決まりだったんです。しかも男子はサッカー、女子はバスケットしかなくて、サッカーをベースに春はソフトボール、夏は水泳、秋は陸上もやるという感じでした。熊本の田舎の小学校で1学年1クラスで20人ぐらいしかいなかったから、みんな仲が良くて楽しかったですね。でも、中学はサッカー部がなくて、初めはサッカーが好きな人で集まって練習していたんです。中学2年の時、ようやくサッカー部ができたのですが、1学年6人ぐらいしかいませんでした。そんな感じだったので、中学生時代はサッカーで活躍した思い出はなく、市の大会どまりでした」

高校はサッカーの強い学校に進みたいと考え、地元の強豪校を推薦で受験する。
「でも落ちてしまったんです。一般入試も考えたのですが、家から遠かったために親に反対されて。そんな時、家から近い熊本県立鹿本高校に、国体の指導者などの経験もある重本先生が監督として赴任すると聞いたので、一般入試で入学しました。先生の指導で徐々に力をつけて、結果も出るようになり、僕が推薦で落ちた強豪校にも勝って県大会の決勝まで進んだんですよ。決して全国レベルの学校ではありませんでしたが、上下関係が厳しいということもなく、チームをつくっていく時期に中心になって自由にやらせてもらえたので面白かったですし、何よりもやりがいを感じていました」

小学校から高校まで、ずっと楽しくサッカーができたと振り返る。
「田舎でまわりのレベルが決して高いわけではなかったのですが、それが自分にとってはよかったと思います。もし強い高校に行っていたら潰れていた可能性もあるんじゃないかなと。楽しみながら自由にできたことがよかったと思うし、そういう環境でやってこなかったら、プロになるまで続けられなかったかもしれません。高校の時も決して全国区で目立つ選手ではなかったのに、サンフレッチェ広島でプロとしてスタートを切ることができました。その時、プロか大学進学かで悩んで、自分は大学に行った方がいいかなと思っていたのですが、親が“行けるうちにプロに行っておけ”と背中を押してくれたんですね。いろいろな出会いに恵まれてサッカーを続けられている。僕は本当に運がいいと思います」

宮崎 光平

宮崎 光平

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サッカー以外の道は
考えられない

宮崎選手は現在、31歳。これからも長くプレーを続けていきたいと語る。
「これまで所属していたチームで戦力外通告を受けているので、そのたびにサッカーを辞めるという選択肢はありました。でも、今日まで続けてこられたのは“まだやれるはず”という気持ちがあったからです。これから先も家族の生活さえ守れるのなら、サッカーをやれる場所がある限り、どこへでも行くつもりでいます。将来的にはサッカーに携わる仕事をしていきたいですし、いずれは指導者の道も考えていきたいですが、まだ具体的にはイメージできていません。ただ、僕はサッカー以外、何も好きなことがないし、何もできないから、サッカー以外の道は考えられません」

もちろん、今は目の前の試合のことしか考えられないし、そもそも今シーズンは自分が納得できたゲームがないのだという。
「あえて挙げるなら6月17日の第20節愛媛FC戦は、初めての四国ダービーでゴールを決めて勝利に貢献することができたので印象に残っています。でも、あとはシュートチャンスをいかせなかったり、得点につながるプレーができていないという反省があります。僕は試合後半からの出場が多かったので、自分が出ることでもっと試合の流れを変え、勝ちにつながるプレーができたんじゃないかという悔いが残っています」

7月8日の第23節アビスパ福岡戦の試合中に左膝を怪我してしまったが、8月に復帰。
「まずはもっと試合に出て、自分の持ち味である攻撃的なプレーを活かしてチームの勝利に貢献したいですね。いつ呼ばれてもいいように、しっかり準備をしていきたいです。シーズン後半からはチームの守備も安定してきたので、必要なのは得点力アップだと思います。ヴォルティスはまだまだ強くなれるはずです。昇格圏内に食い込めるように頑張って、少しでも勝ち点を伸ばしていきますので、サポーターの皆さんもあきらめることなく一緒に戦っていきましょう!」

宮崎 光平 - ヴォルティスはまだ強くなれるはず

宮崎 光平

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