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Vol.54 川浪 吾郎

大きかったFC岐阜での
半年間

川浪選手は茨城県つくば市出身。小学校1年からサッカーを始め、高学年の時、ゴールキーパーを始めた。中学生になってからは柏レイソルU-15に加入。その後、ユース、トップチームへと昇格してきた。また、中学時代からプロ1年目まで、U-15、U-16、U-17、U-18、U-19と、5年続けて年代別の日本代表も経験している。
「海外の試合にずいぶん出させてもらったので、海外の選手を相手にしても圧倒されることはないですね。それに何万人も入っているスタジアムで試合をしてきたので、緊張することもない。そういう経験は今、生きていると思います。代表で一緒にやっていた選手たち、例えば酒井高徳選手(VfBシュトゥットガルト)や宇佐美貴史選手(ガンバ大阪)が、今、海外や日本代表で活躍していることに対しては、悔しい思いとうれしい思いが半々という感じですね」

だが、プロに入ってからは出場機会に恵まれず、柏レイソルがJ2に降格した2010年、J1に昇格した2011年も出場機会がなく、2011年シーズン途中にFC岐阜に期限付き移籍することを決断した。
「話をいただいて、自分としては試合に出られることを想定して移籍しました。岐阜はレイソルやヴォルティスのようにクラブハウスや専用の練習場がないので、日々の練習場が違ったり、練習場までの往復時間が、その日の練習時間よりも長いことも多かったです。また、アウェイでの試合前には公園で練習したこともありました。当時、徳島でヴォルティスとの試合があった時は、松茂町にある公園で練習させてもらったんですよ。初めてそういう環境でプレーしてみて、ユースからレイソルしか知らない自分がいかに恵まれた環境でサッカーをしていたのかに気づきました」

6月に移籍後、なかなか出場機会がなかったが、10月の天皇杯でプロになってから初めて試合に出場する。
「チャンスをいただいたので、自分なりに全部出し切ろうという気持ちで臨みました。それがきっかけになって、シーズン終了まで10試合に出場することができたんです。今まで経験したことのない厳しい環境に身を置き、試合に出させてもらって、試合に使える自分の武器、できていないところなども再発見できました。岐阜で過ごした半年間は自分にとってすごく貴重なことでしたね」

川浪 吾郎

川浪 吾郎

今度こそチャンスを
つかむために移籍

2012年シーズンもFC岐阜でプレーを続けるという選択肢も考えたが、柏レイソルに戻ることを決めた。
「前年にレイソルが優勝して、チャンピオンチームでのプレーというのは、なかなか経験できないことなので、ぜひやってみたいと思ったんです。岐阜での経験を元にもう一度、レイソルで挑戦したいと思っていたのですが、結局、試合には出られず、悔しい思いをすることになりました。しかも、手を骨折してしまい、3カ月間プレーができなかったんです。ただ、その期間に学んだことも多かったですね。もちろん、ケガをしないのが一番いいですが、ケガをしたことによってメンタルの部分はすごく成長はできたと思います」

そして2013年シーズンは、ヴォルティスでプレーすることを選択した。
「今度こそチャンスをつかみたいと思って決めました。最初にオファーがあった時から、挑戦したいという気持ちでした。ヴォルティスの恵まれた練習環境についても聞いていましたし、そこでチャレンジさせてもらえるならと。そのままレイソルにいれば、翌シーズンに試合に出られるチャンスがないわけではありませんでした。実際、正キーパーの移籍や離脱で出場機会がまわってくる可能性はありましたが、自分の力でチャンスをつかんで試合に出場したいと思っていたので、そういう可能性は一切考えなかったし、迷いはありませんでした」

もちろん、中学生から過ごしてきた柏レイソルに対しては、特別な思いもあった。
「下部組織のスタッフ、トップチームのコーチ、フロントの方たち、選手などと過ごした日々が、今の自分のプレーにつながっています。自分をプロにさせてくれたクラブなので思い入れもありましたが、今は年齢的にも勝負していかなきゃいけないと思ったんです」

開幕前の1次キャンプには、自分の長所をアピールしてベンチ入りやスタメン争いに絡んでいきたいという意気込みで参加した。
「声を出してリーダーシップをとりながらプレーできるという強みを出していきたいと思っていました。ただ、最初は経験したことがない3-4-3のフォーメーションに戸惑ってしまって。中学、高校と、ずっと4バックしか経験がなかったので、3バックでディフェンスをどう動かすべきか、どういうコーチングをすべきか、自分の中で確信が持てず、うまくいかない部分が多かったです。2次キャンプからはチームのコンセプトを理解してプレーできるようになりました。キャンプ中はユースの時に代表チームで一緒だった淳矢(大﨑選手)と、よくサッカーの話をしていましたね」

川浪 吾郎

川浪 吾郎

川浪 吾郎

試合を見ながら常に自分に
置き換えて考えている

ヴォルティスで試合に出場して成長したい、昇格の力になりたいという強い気持ちで移籍したが、今シーズンはまだベンチにも入れない状況が続いている。
「もちろん、悔しいし、不甲斐ないし、自分はもっとできるはずだという気持ちはあります。今は試合を見ながら『今のシュートは自分だったら防げたか』『今の失点は自分だったらどうしていたか』と、常に自分に置き換えて考えるようにしています。試合に出ている選手、ベンチに入っている選手は、自分より何かが優れているわけで、そういう部分を補うのはやはり練習なのかなと。特に自分はヴォルティスの4人のゴールキーパーの中でも一番若いので、もっと練習しなければ追いつけないという気持ちは強いです。そうやって他の選手以上に練習を重ねた上で、試合に出られてこそ意味があるのかなと思っています」

練習でも他のゴールキーパーやキーパーコーチから学ぶことは非常に多いという。
「まず、プロになった時、まわりの先輩方を見て、アマチュアと一番差があるのがゴールキーパーだと思ったんです。キャッチング、シュートの止め方、どれも全然レベルが違うなと。『自分は高校まで何をやってきたんだろう』と悔しくなりました。ヴォルティスでは謙弥さん(松井謙弥選手)がアドバイスしてくれますし、いろいろと学ばせてもらっています。これまでのチームではキーパーコーチがブラジル人の方だったのですが、今は古さん(古島清人ゴールキーパーコーチ)が、足の向きなどの細かい部分や、できているつもりでできていなかった部分を指摘してくれるのでありがたいですね。キーパー4人の雰囲気はよくて、謙弥さんがお兄ちゃん、阿部さん(阿部一樹選手)が友達のお兄ちゃん、徹さん(長谷川徹選手)が実際は年上だけれど、年の違わない友達という感じですね(笑)」

ゴールキーパーは、途中交代がほとんどなく、試合出場のチャンスをつかむのが難しいポジションだ。
「ユースや代表の時も試合に出られない時期はありましたが、そういう時は試合に出る人を全力でサポートし、気持ちよく送り出すのがゴールキーパーの役割だと思ってきました。そして、チームに1つしかないポジションなので、当然、自分が試合に出る時は責任を持って出なければいけない。そういうゴールキーパーというポジションに僕はやりがいを感じています」

今シーズンもまもなく試合が半分終わり、シーズン終了に向けた折り返し点となる。
「今はベンチに入れない状況なので、常に危機感があります。どうしたらもっとうまくなれるのか、どうしたら試合に出られるのかと考え続けることが自分の支えになっています。少しでも『これぐらいにしておこう』と思ってしまったら、何も残せないで終わってしまうし、もし、試合に出てもプレーに表れてしまう気がするんです。どんな状況でも真摯にサッカーに取り組むことが大事なのだと思っています。今後はとにかくベンチに入って、試合に出たい。そして、順位を巻き返し、昇格に貢献したいですね。ゴールキーパーとしては安定感を高めるのが目標です。日によって波のあるプレーではなく、楢崎正剛選手(名古屋グランパス)のように、毎日安定したプレーで選手に信頼され、チームを安心させられるようになりたい。そのためには日々の練習しかないと思っています」

川浪 吾郎 ~安定感のあるゴールキーパーになりたい

川浪 吾郎

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