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Vol.58 木下 淑晶

サッカーが好きだから
続けてこられた

木下選手は小学校の時に地元・鳴門市の桑島FCでサッカーを始めた。その後、中学で入部した鳴門市第一中学校サッカー部の練習は、今でも忘れられないという。
「公立の学校でしたが、練習の記憶しかありません。特に夏休みは練習が午前、午後必ずあってきつかったですね。午前中は砂浜を走り、午後もポカリスエットスタジアムから見える妙見山を走るんです。とにかくよく走りました。顧問は坂本計仁先生という、それまで市内でサッカーが強かった鳴門市第二中学校を指導していた先生でした。先生が来てから練習も厳しくなったのですが、おかげで県総体で優勝することができたんです。先生には人として大切なことも叩き込まれました。一緒にいる時は“なんでそこまでやるのか?鬼だな”としか思えなかったけれど、時間が経って振り返ってみると、“先生に教えてもらって本当によかった”と思える。いい先生って、そういうものなんだなと気づかされました」

中学校卒業後は地元の高校に進むつもりでいた。だが、岡山県作陽高校への練習参加がきっかけで推薦入学の話があり、県外に進学することになる。
「中学の時、厳しい練習をこなしていましたが、絶対にプロになりたいという強い思いを持っていたわけではありませんでした。なりたいと思わなかったというよりは、まさかなれるとは思っていなかった。だから、県外から推薦入学の話をいただいた時はびっくりしました。自分にとってのチャンスだと思って入学したのですが、初めて県外に出て、入って3日目には徳島に帰りたくなりました。サッカー部は部員が100人以上いて、上下関係も厳しかったんです。何度も“もう無理や”と思いましたが、家族をはじめ、いろいろな人に支えてもらって岡山に来たのだから、辞めるわけにはいかないと。中学同様、サッカーが好きだから続けられたのだと思います」

ホームシックもあり、1年生の1年間はとても長く感じたという。
「1年生の時はサッカーの記憶もあまりなく、試合の応援で太鼓を叩いていた思い出のほうが強いぐらいです。2年生の時もそんなに楽しい思い出はないですね。ようやく3年生になったと思ったら、今度は試合のメンバーに入れなくなってしまったんです。でも、高校ではずっとセンターバックだったのですが、ケガをした選手の代わりに急遽サイドバックとして入ったんです。それがうまくフィットしたのがきっかけで、ようやくレギュラーの座をつかむことができました」

そして、インターハイに出場した時、中央大学のスカウト担当者の目に留まり、セレクションを受けることになる。
「関東の大学はあまり知らなかったですし、進学先は関西の大学しか考えていなかったんです。だから、中央大学のサッカー部が強豪だと知って、すごくびっくりしました。高校でもプレーはがむしゃらにやっていましたし、常に悔いが残らないようにしようと思っていました。よく走っていましたね。そういう強い気持ちを持っていたから、自分のようなインターハイベスト8の高校の選手にもチャンスをもらえたのだと思います」

木下 淑晶

木下 淑晶

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加入後、プロとのレベルの差を痛感

高校卒業後、“未知の世界だった”という東京に引っ越しをして、中央大学学友会サッカー部に入部する。
「大学には、Jリーグのユースや高校サッカーで有名だった選手が集まっていてびっくりしました。サッカー部は部員同士の仲が良く、先輩との関係もよかったんです。サッカーをやる時はやる、遊ぶ時は遊ぶという切り替えもしっかりしていましたね。技術のレベルも高くて、とにかくサッカーをしていることが楽しかったです。それまでは卒業したら就職するつもりでしたが、まわりの選手に刺激を受けて、3年生の終わり頃からプロの道を本気で考えるようになりました。こんなにレベルの高い選手たちと一緒にサッカーをしていられる貴重な時間を、就職活動で無駄にしたくないという気持ちもありましたね。親に『サッカーをあと1年頑張らせてほしい。それでプロになれなかったら、留年して就職活動をするから』と頼んで、4年生になっても練習を優先し就職活動をしなかったんです」

そして、大学4年生の夏に練習に参加したヴォルティスから声がかかり、加入が決定。出場機会はないが地元出身の選手として活躍が期待されている。
「1年目からレギュラーを獲得したいという強い気持ちを持って加入しましたが、プロとのレベルの差を痛感したというのが一番の印象です。もっと自分の技術が通用するだろうと、少し甘く見ていたのかもしれません。小さい頃から、気持ちを前面に出したプレーを大事にしてきて、それは大学でも通用していたと思います。もちろん、プロの世界でも気持ちは大事だけれど、それ以上の特長がないと厳しいことを思い知らされました。学生の時は“自分の特長は気持ちを出したプレー”と胸を張って言っていたけれど、プロとしては他に何て言えばいいのだろうかと。今は課題を挙げて、必死に自主練習することでそれを見つけているところです。今、やれることにがむしゃらに取り組んでいます」

木下 淑晶

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チームの先輩たちの言葉が励みになっている

キャンプからセンターバック以外にもサイドバックをはじめ、いろいろなポジションを経験している。
「正直なところ、初めはセンターバックでプレーしたいという気持ちが強かったです。でも、長さん(長島裕明ヘッドコーチ)に『考え方を変えて、すっと新しいポジションに入ったほうがいい』とアドバイスされたんです。自分でもそんなことばかりにこだわっていたら、強くなれないと気づいて。ゼロから覚えるつもりで、新しいポジションの練習に取り組むようになりました。長さんは自主練習につき合って、手取り足取り教えてくれるし、試合に出ていない自分にも熱心にアドバイスしてくれるんです。おかげで今は新しいポジションをやらせてもらっているという気持ちで取り組めるようになりました。いろいろなポジションを任されて当たり前で、与えられたポジションをしっかりとこなせて初めて『センターバックをやりたい』と言えると思っています」

経験豊富なチームの先輩たちからのアドバイスも励みになっているという。
「サッカーの話を一番よくするのは、青山さん(青山隼選手)です。練習の後、必ず『よくなってるよ』とか『今日、よかったよ』と言ってくれるんです。津田さん(津田知宏選手)も練習中、必ず『ナイスボール』などの声をかけてくれるので、『ああ、今のプレーでよかったんだな』と自信になります。レギュラーとして試合で活躍している先輩たちに、そう言ってもらうとうれしいです。練習以外でも青さんが『今は試合に出ているけれど、去年は自分も試合に出られなかった』という話をしてくれて。そんな話までしてもらっているのに、自分が不真面目にやっているわけにはいかないなと。本当にありがたいです」

また、自分から先輩に相談したこともあった。
「最初の頃、何でも監督やコーチの指示どおりに忠実にやらなければいけないと思っていたんですが、そればかり考えていたらどうすればいいかわからなくなってしまったんです。それで先輩たちに相談したら、『自分がいいと思うことや正しいと思うことは大事にしていいんだよ』とアドバイスされたんです。それからは疑問に思ったことは正直に聞いて、納得できるまで話をするようになりましたし、そういう考えを持てるようになって、またサッカーがより楽しくなりました」

キャンプ参加から約8カ月。今シーズンも残り10試合を切った。
「新卒の4人の選手でまだ試合に出ていないのは自分だけで、それはやはりショックでした。でも、自分の実力を考えて、もし、出場していたらそれだけのプレーができたのかと考えると、『なんで自分だけ使ってくれないんですか?』と言える状況ではないと思っています。自分は特別な技術を持った選手ではないし、少しでもうまくなりたいと思うと、できることは日々の努力以外ありません。毎日、1日でも無駄にしたら終わりだという気持ちで練習をしていて、“1日1日を大切に”というのは、こういうことを言うんだなと。それがこの先の試合出場につながっていくと信じています。ただ、例え試合に出ていなくても、楽しくサッカーをしていきたいです。そして、どんな形でもいいから、チームの勝利と昇格に貢献していきたいですね」

木下 淑晶 ~ どんな形でもチームに貢献していきたい

木下 淑晶

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