Fan zoneファンゾーン

Vol.69 窪田 良

開幕戦で折られた自信

窪田選手は大学時代からヴォルティスのキャンプに参加。誘いを受けたJリーグの数チームの中から、ヴォルティスを選んだ。
「ヴォルティスに決めたのは、早い時期に声をかけてもらったことが大きいです。自分のことをずっと見ていてくれたんだなと。キャンプに参加した時、長島ヘッドコーチにも指導してもらって、自分が一番成長できると感じたことや、先輩たちがとても優しくてチームの雰囲気がいいと思ったことも理由です」

高知で行われた1次キャンプの際はインフルエンザにかかってしまい、参加が遅れたものの、スムーズにチームに合流することができた。
「チームのみんなが溶け込みやすい雰囲気をつくってくれたこともあり、すぐになじむことができました。初めはプロのサッカーはやはりレベルが高いと感じましたが、やってやれないことはないな、と思っていたんです。2次キャンプ後半には練習試合にも出場するチャンスをもらって、いいアピールもできたと手応えを感じながら開幕を迎えました」

そして、3月1日に行われたサガン鳥栖との開幕戦でスタメン出場を果たす。
「見事に自信をへし折られました。スピードもプレッシャーも今まで感じたことのないような速さ、強さで前から来られて、自分が思うようなプレーが全くできませんでした。大学の時も、J1のチームと練習試合をして、いいプレーもできていました。でも、Jリーグという舞台でプロの本気を思い知らされたという感じでしたね。チームとしても自分たちのプレーができず、結果は大敗でした。せっかく起用してもらったのにチームに貢献できなかったことにも責任を感じました」

試合に出ていない時こそ
がむしゃらに

開幕戦後、「自分の現状を知ることができたのだから、あとは這い上がっていくしかない」と気持ちを新たにしたものの、続く第2節セレッソ大阪戦ではサブメンバーからも外れる。
「それが今の自分の実力だと納得しましたし、すぐに“もう1回頑張らなきゃいけないな”と気持ちを切り替えて練習に臨みました。でも、まわりから見ると、決してそうではなかったみたいです。先輩からも自分の特徴である、元気に声を出している姿が見られなくなったと言われました。自分で思っているほど、気持ちを切り替えられていなかったのかもしれませんね」

小学生の頃からヴェルディのアカデミーでサッカーをやってきた窪田選手にとって、ここまで敗戦が続く状況は初めての経験とも言える。さらに第3節以降もサブメンバーに入れない試合が続いた。
「子どもの頃から勝つのが当たり前という感じでやってきました。こんなに勝てないのは初めてで、正直、悔しいです。その上、自分は開幕以来、試合にも絡めていなかったわけですから。ただ、練習中の紅白戦などでもサブメンバー組としてプレーすることが多かったのですが、そういう時こそ試合に出ていない選手が頑張らなきゃいけないと思って、自分のよさである声を出すことや、がむしゃらにやることを意識してやっていました」

そんな中、Jリーグヤマザキナビスコカップでは、第1節アルビレックス新潟戦に続き、アウェイの埼玉スタジアム2002で行われた第3節浦和レッズ戦にも出場する。
「レッズ戦のメンバーはリーグ戦に出ていない選手がほとんどだったので、“せっかくチャンスをもらったのだからやってやろう”という雰囲気でした。当日はレッズのゴール裏にもサポーターがたくさん入っていて、相手の熱い応援もあって余計に燃えました。そのおかげで先制点を決め、その後はリードすることもできたのですが、少し油断したところを本気になったレッズにつけ込まれてしまいました。その緩さやそういう時間を耐え切れなかったことは本当に悔しいです。でもレッズ戦をきっかけにサブメンバーも含め、チームが1つになって全体で戦えるようになったと思います」

浦和レッズ戦の3日後に行われた第8節清水エスパルス戦は勝つことこそできなかったが、試合に出ていなかった窪田選手もチームの変化を感じたという。
「小林監督は頑張っている選手にはチャンスをくれるので、誰もがそのチャンスを活かそうという強い気持ちで臨みます。その姿を見て試合に出ている選手も出ていない選手も刺激を受け、もっと頑張らなくてはという気持ちになる。そういう相乗効果でチームがよくなっているのを感じるので、これから全体で勝てるチームになっていけると思います」

勝ち切れるチームを
めざして戦っていきたい

子どもの頃からサッカー選手になるのが夢だった。東京都八王子市で育ち、初めは地域のそれほど強くないチームでプレーしていたという。だが、小学校3年生の時、父親の勧めで受けたヴェルディジュニアのセレクションに合格する。400人近くが受験し、10人程度しか受からないという狭き門だ。
「小4からジュニアに入りましたが、監督が厳しかったこともあり、小学生でもものすごい緊張感を持ってやっていました。ヴェルディはサッカーだけでなく、挨拶の大切さなど、礼儀の部分にも厳しかったです。人間的に成長できたという意味でも、ヴェルディでサッカーをやってきてよかったと思っています」

東京ヴェルディでは、ジュニアからジュニアユース、ユースへと進むごとに人数も絞り込まれていく。窪田選手はジュニアからユースまでステップアップすることができた選手の1人だったが、決して目立つ存在ではなかったという。
「ヴェルディは自分よりうまい選手ばかりでした。その上、小5ぐらいで自分は足が速くないと気づいていたので、それならどうすればいいかを考えたんです。初めはサイドハーフやサイドバックをやっていましたが、小5ぐらいからボランチをやるようになり、守備を頑張ったり、走ったり、声を出したりしていくことを積極的にやるようになりました。そういう姿勢を評価してもらったからユースにも上がれたし、試合にも使ってもらえたと思っています。ヴェルディは才能あふれる集団という感じでしたが、その一方で泥臭く頑張っている選手もいて、自分はその1人だったと思います。そうやってコツコツとやってきたから、今の自分があるんです」

高校卒業後は関東の大学ではなく、大阪府の阪南大学サッカー部に進む。
「大学では自分たちでいろいろと考えて進めていかなければいけないことも多くて、ヴェルディで教えられてきたことを実践していきました。1年生の時は試合にもあまり出られませんでしたが、1年生の時から声を出したりしてチームを引っ張っていくことを強く意識していたので、4年生の時はキャプテンを任されたり、ユニバーシアード日本代表にも選出してもらえたのだと思います」

そうやって子どもの頃から、頑張っている姿はどこかで誰かが見てくれていると信じてサッカーを続けてきた。
「だから、いざ自分を起用してもらった時に、ちゃんと力を出せるようにと思ってやってきました。それはプロになった今も変わりません。これからも今までと同じようにコツコツとやっていきたいです」

 

リーグ戦はワールドカップのため、7月19日の第15節名古屋グランパス戦まで約1カ月中断される。
「今、チームに足りないのは何よりも勝利だと思うし、みんなでそれを味わえたら、もっともっとよくなっていくと思います。もちろん、どんなに試合の内容がよくても、勝てなければ意味がないし、自信にもなりません。リーグ再開後は、まず勝ち切れるチームになることをめざして戦っていきたいです」

起用された時に力を出せるようにしたい

PAGE TOP