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Vol.72 村松 大輔

やりがいの大きさで
決めた移籍

2011シーズンから在籍している清水エスパルスから期限付き移籍し、7月1日にチームに合流した。清水エスパルスでのポジションは主にボランチだったが、ヴォルティスでは3バックの右サイドというポジションに挑戦中だ。7月19日にアウェイの豊田スタジアムで行われた第15節名古屋グランパス戦から8月2日の第18節ヴァンフォーレ甲府戦まで4試合、フル出場している。
「数試合やってきて、やれるところとやれないところがはっきりしてきました。まず、相手より走れている時間帯もあるので、そこは強みだと感じています。ポジションについては、最初から小林監督に3バックの右サイドで使いたいと言われていて、ゼロからのスタートだと思ってヴォルティスに来ました。この4試合を振り返ると、守備の面でも前でボールを奪ったり、果敢にオーバーラップしに行ったりと、自分の理想とするプレーができています。反省点は失点に絡むことがあるところですね。そこはポジションの修正をしたり、もっと経験を積んだりしていかなければいけないなと。それでもボールを持ったり、いい崩しもできたりしているので、今後はもっとボールを保持する時間を増やして、セットプレーからのつまらない失点をなくしていきたいです。そうしていけば、絶対にもっと上を目指せると思っています」

2013シーズンは清水エスパルスでリーグ戦33試合に出場し、4得点を挙げている。しかし、今シーズンは第1節から第14節までの出場試合数は7試合。フル出場は開幕戦のみに留まっていた。とはいえ、中断期間前の順位が9位のチームから最下位のチームへの移籍に戸惑いはなかったのだろうか。
「話をいただいた時は、正直、悩みましたけれど、シーズン前半戦にすごく苦しんできたチームに自分が入ることで、何かしらプラスになれるかもしれない。それは本当にやりがいのあることだと思って移籍を決めました。実際、来てみたら、試合をするごとによくなっていることもあり、最下位だということは感じないですね。ただ、引き分けだった第18節ヴァンフォーレ甲府戦をはじめ、第16節浦和レッズ戦など、勝てたかもしれないという試合で勝ち切れなかったことは悔しいです。勝ち点を積み上げられなかったのは残念ですが、今はネガティブにならずにやっていくしかないと思います」

小学生の時から
インターセプトが楽しかった

村松選手は静岡県焼津市出身。サッカーを始めた小学生の頃からディフェンダーだったという。
「普通はみんなフォワードをやりたがるので珍しいと思います。小学生の頃、フォワードをやっても4〜5点取れていたのですが、自分は相手からボールを奪うのが楽しくてディフェンダーをやっていました。やっぱりインターセプトが楽しいんですね。主にセンターバックをやっていましたが、小学生の時から“相手からどれだけボールが離れたら体を寄せにいこう”とか、そういうことをずっと考えていました。ずっとインターセプトに自信を持ってやってきましたが、プロになって対戦したガンバ大阪の遠藤保仁選手や川崎フロンターレの中村憲剛選手などは、タイミングをずらしてきたりするから狙いづらかったです。でも、そこを読んでいく勝負が楽しかったですし、より自分を高めていけるのがうれしかったです」

小学校時代からセンターバックを任されることが多く、プロ選手としてスタートした湘南ベルマーレでもセンターバックとして活躍した。
「でも、本当はサイドバックが一番好きなんです。だから、今、サイドをやらせてもらっているのは、かなり楽しいですね。ビルドアップの場面ではロングボールをフォワードのいいところに入れて崩すことができたり、守備の場面でもインターセプトを狙って前をとれたりと充実しています。同じ右サイドの淳矢(大﨑選手)とも練習の時からかなり声をかけ合ったり、問題点があったらすぐに話し合ったりして、積極的にコミュニケーションをとっているんです。相手よりも前に出ていくことが驚異になるので、追い越す勇気を持ち、相手に走り負けないなど、チャレンジする姿勢を大事にしたいです。90分間走り続ける自信はあります」

90分間めいっぱい戦うことが大事

今はヴォルティスで結果を出すことしか考えていない

村松選手は、サッカーの強豪校として知られ、多くのプロサッカー選手を輩出している静岡県立藤枝東高校出身。在学中は全国高校サッカー選手権大会準優勝などに貢献した。卒業後はJFLのホンダFCに進み、働きながらサッカーをやる道を選んだ。
「プロ選手になるという選択肢もあったのですが、あえてホンダを選んだのは高校の監督に“力があれば必ずJリーグに引っ張ってもらえる。環境のいいホンダに籍を置いて力を伸ばすという選択肢もある”と言われたことが一番大きいです。それで、いつかJリーグ、そして日本代表に行くという決意を持って入部しました。自分としては1年経ったらJリーグに行こうと思っていて、実際、入部から半年後ぐらいには、ずっと行きたいとアピールしていましたね」

ホンダFCに入部した2008年には7試合に出場。この年にアジア選手権U-19日本代表にJFL唯一の選手として選ばれているが、“代表では一番年下で知っている人もいなかったため、緊張しすぎて当時のことはあまり覚えていないんです”と笑う。
その後、こうした活躍が認められて、翌2009シーズンに湘南ベルマーレに移籍。1年目からリーグ戦全試合のうち1試合(出場停止のため)を除く50試合に出場し、J1昇格に貢献した。
「あの年は練習から自分の持ち味を出すことばかり考えていました。あとは何も考えていなかった。必死でしたね。J1に昇格してからは、レベルが高く、どうしたら勝てるんだろうと。その違いに悩みました。結局、1年で降格してしまったので、そこで経験してきたことをヴォルティスで伝えていけたらいいですね。そのためにも、まずは練習の時から絶対に残留することをめざしてやっていきたいですし、小さくまとまらない、アグレッシブなプレーを見せていきたいです」

村松選手の移籍から1カ月足らずの7月30日、清水エスパルスでは監督が交代した。そのため、移籍せずにチームに残っていれば出場機会が増えるなど、状況が変わっていたのではないかという見方もある。
「それは、たらればの話でしかありませんし、今は清水のことは全く考えていません。それに移籍というのは全く知らない土地、プレーしたことのないチームに来るということで、個人としてもいろいろな経験ができます。何よりもヴォルティスではJ1残留をめざすという高いモチベーションを持ってプレーができる。人間的にも強くなれると思って移籍を決めたので、今はヴォルティスでどうやっていくかということしか考えていないです。来た以上、ここで結果を出すしかないと思っています」

アグレッシブなプレーを見せていきたい

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