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Vol.73 エステバン

コロンビア時代から
積極的に声を出していた

後半74分に途中出場した8月9日の第19節清水エスパルス戦が、移籍後、ヴォルティスでの初試合となった。第20節横浜F・マリノス戦ではフル出場。第21節アルビレックス新潟戦では後半87分で交代したもののアウェイでの勝利に貢献した。
エステバン選手の加入によって、今まで以上に中盤や高い位置でボールを奪い、攻撃につなぐことができるようになったと語る選手も多い。
「大切にしているのは守備の安定です。そして、攻撃が早くなればなるほどゴールが近くなるので、ボールを持ったら攻撃的な味方の選手に出すことを意識しています。監督から言われているのは“大きく展開するように”ということです。チームに来てから選手、監督、スタッフと積極的にコミュニケーションをとることで、早い段階からうまく連携できるようになりました」

ヴォルティスの練習に合流してすぐに、積極的に声を出していたエステバン選手。それもあって、守備から攻撃につなげるプレースタイルもすぐにチームに伝わった。
「コロンビア時代からチームの中で声を出していました。ポジションに関することだけでなく、気持ちの入れ方やもっと前に出せといったことを、どんどん言わなければダメだと思っています。これはチーム全体が良くなるために大切なことです」

親の力になりたかったからやり続けることができた

コロンビアで2番目に大きな都市・メデジン出身。プロサッカー選手としてのキャリアをスタートしたのは21歳の時だ。コロンビアでは17〜18歳でプロになる選手が多く、決して早くはなかった。 「今は違いますが、当時はサッカースクールに入るのにも必ずお金が必要だったんです。家には経済的な余裕がなかったので、17歳までは学校で友達とサッカーをして遊んだり、そのメンバーで練習して町の大会に出たりする程度でした。17歳の時、初めて町にあるアマチュアのクラブに入ることができましたが、練習に行くための交通費がなくて、自転車で行ったり、歩いて行ったりしなければいけませんでした。午前中に働いて午後から練習という時期もありましたし、今思うと非常に苦しいサッカー人生でしたね」

19歳の時、アトレチコナシオナル(メデジン)というクラブチームに練習生として参加。だが、最終的にテストに落ちてしまう。
「その時はサッカーを続けるか辞めるか悩みました。その後、紹介されて、あるクラブチームに1週間、練習生として参加したのですが、そこでもテストに落ちてしまったんです。でも、ちょうど最初に入ったフロリダサッカーというクラブがプロチームになり、2部リーグでプレーすることができるようになりました。そこで6カ月間プレーした後、他のチームから声をかけてもらい、ようやく21歳の時、1部リーグのキンディオでプロとしてスタートできたんです。19~20歳の頃はもう遅いかな、やめた方がいいかなと思ったこともありましたが、父、母の力になりたい、家を買ってあげたいと思ってチャンスを待ってきました。親の力になりたいという思いがあったからこそ、どんなにダメだと言われてもやり続けることができました。そして、神様がチャンスをくれたのだと思っています」

2004年にプロとしてのキャリアをスタートさせたキンディオでは、契約途中で解除となってしまうこともあったが、その後、2006年まではペレイラ、さらに2007年から2009年まではコロンビアのトップクラブのアトレチコナシオナルでプレーをして、プロサッカー選手としてのキャリアを重ねていった。
「プロになる前から守備のほうが攻撃よりも自信がありました。最初は攻撃的なミッドフィルダーのポジションでしたが、その時からボランチの位置からディフェンダーに戻ったり、守備的なことをやっていました。サイドバックに入った時でも、自分の強みは攻撃よりも守備でしたね。守備で一番楽しいのは、ファウルを取られずにボールを奪えた瞬間です。そういう瞬間が続くと、もっと試合がしたくなります」

2006年から2009年にはコロンビア代表としてもプレーしているが、その時に守備で印象に残っている試合があると語る。
「忘れられないのは、2007年に行われた2010FIFAワールドカップ予選の対ブラジル戦です。当時、ロナウジーニョ、カカ、ロビーニョといった選手もいる中で、しっかりと守備をして攻撃をさせませんでした。ホームで結果は0-0でしたが、その時のコロンビア代表にとってはブラジルを相手に0点でおさえられたということは非常に大きかったんです。同じワールドカップ予選のアルゼンチン戦ではホームで2-1で勝利しましたが、これも守備に満足できた試合でした」

コロンビアとは違う
アジアのサッカー

その後、2010年に韓国の蔚山現代に加入し、初めてコロンビア以外のチームへ。アジアのサッカーを経験する。
「海外に出て見たい気持ちはずっとありました。アトレチコナシオナルではサイドバックでプレーしていましたが、ある時、ケガをして試合に出られなくなってしまった選手の代わりにボランチを任されたんです。その試合には別の選手を見るために、蔚山現代の監督が来ていました。それで僕のことも気に入って選んでくれたんです。コロンビアのサッカーはペースがゆったりしていてスペースもありますが、韓国に来てからは攻撃もしなければいけないし、ツータッチでボールを離さなければいけないなど、スピーディーなサッカーになりました。自分のサッカーに対する考え方もずいぶん変わりましたね」

蔚山現代では攻守の要として、2012年のACL優勝にも貢献。その後、2013年シーズンにヴィッセル神戸に移籍し、昨シーズンは28試合に出場している。今シーズンは韓国の済州ユナイテッドFCに期限付き移籍していたが、7月にヴォルティスに移籍することになった。
「チームに合流して1カ月程経ちますが、今は監督やまわりの選手と何でも言い合える状況になっています。チームにフィットしていると感じますし、そのおかげで試合に出て活躍ができていると思います。これからも毎日の練習を大切にして、チーム全体の力を合わせていきたい。チームを残留させるために呼ばれたと思っているので、しっかりと自分の仕事をして、J1定着というクラブの目標を達成できるように、最後の最後まで頑張っていきたいです」

コロンビアでは“100%の力を出し切る”という意味で“心を落とす”という表現を使うそうだ。ルイス通訳からも「本当に全力を出して頑張る時は、心臓を~という表現をします」という話があり、そういった文化で生きてきたことがうかがえる。得点を決めたいという時には、「心臓をスパイクに入れる」とも言うとのことだが、エステバン選手は最後に「ピッチの中に心を落とすぐらいに毎試合一生懸命頑張っていきたい」と力強く締めくくった。

チームにフィットしていると感じています

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