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Vol.81 佐々木 陽次

第3節で思い知らされた
プロの厳しさ

チーム始動時から順調にトレーニングメニューを消化し、2次キャンプでおこなったV・ファーレン長崎、サンフレッチェ広島との練習試合でもうまく前線に抜け出してチャンスをつくるなど、ルーキーながら開幕前から持ち味を発揮した佐々木選手。
「入団直後からルーキーとして練習には全力で取り組もうと思っていましたが、すぐに試合に絡めるとは思っていませんでした。でも、キャンプの練習試合などでチャンスをもらい、もしかしたら開幕戦はスタメンで出場できるかもしれないと意識するようになったんです。そこからは自分をどうアピールしていくかを考えるようになりました。練習ではプロのスピードについていくのも大変でしたし、特に2次キャンプ中は体に負荷がかかり、きつい時期もありましたが、それでもスムーズに開幕戦を迎えられたと思います」

開幕戦はベンチで迎えたものの、3月15日におこなわれた第2節ギラヴァンツ北九州戦でスタメン出場を果たす。
「キャンプ中は毎日、早くチームに溶け込み、それぞれの選手がどんなプレーをするのかを掴むことだけを考えていました。そうした姿勢や監督の掲げるサッカーを理解して、連動性や動き続けるということを常に意識したプレーを評価してもらったと思っています。第2節で初めて公式戦に出場して、緊張感はなかったのですが、守備を大切にしすぎるあまり攻撃への意識が足りなかったという悔いが残りました」

そして第3節FC岐阜戦ではサブメンバーからも外れる。
「前々日までスタメン組で練習させてもらっていましたし、自分でも調子がよいと思っていたので、これがプロの世界の厳しさなのだと思い知らされました。そこでくさらず、次にチャンスが来た時に向けてどう準備していけるか、と気持ちを切り替えられたのは大学時代と比べて成長した部分だと思います。その後、第8節の京都サンガF.C.戦で再びチャンスをもらいました。その時はスタメンに選ばれるとは思っていなかったのですが、ギラヴァンツ北九州戦でできなかった攻撃をしっかりやろうと決めて試合に臨みました。スタメンでもベンチでも関係なく常に試合に出るつもりで準備してきたことが、京都サンガF.C.戦の出場につながったと思います」

その後、第9節から第12節まで、中2~3日で4試合に出場する。
「体力的に本当にきつかったですが、リーグ戦の中でも特にハードな連戦を経験できたのは有意義だったと思います。連戦最後の第13節V・ファーレン長崎戦はコンディションを理由にメンバーから外れたのですが、これからは最後まで戦える選手にならなければいけないと思いましたし、あのきつさにも耐えられる体になっていきたいと思います」

自分が大きく変わった
大学の4年間

小学校1年生の時に兄の影響でサッカーを始め、中学校時代は地元・富山県の富山北FCに所属。サイドやボランチなど、様々なポジションを経験し、高校入学と同時にFC東京のユースチームであるFC東京U−18に加入する。
「当時は県内にはライバルはいないと思っていたので、中学1年の時から高校は県外に出たいと思っていました。いくつかのチームから声を掛けてもらった中で、早い段階から親にも話をしてくれるなど熱心に誘ってくれたのがFC東京だったんです。加入した時、トップチームの大竹選手(現・湘南ベルマーレ 大竹洋平選手)や上級生の三田選手(現・FC東京 三田啓貴選手)のプレーを見て、すごいなあと思ったのを覚えています。1年生の夏にはトップチームの練習にも参加させてもらう機会も出てきて、このレベルがプロとしての基準なのだと、常にトップチームを意識するようになりました」

高校3年になると背番号10を背負い、Jリーグの公式戦に出場できる2種登録選手となるなど、ユースチームの中心選手に成長。だが、トップチームへの昇格は叶わなかった。
「3年までトップチームの練習に参加していましたし、上がれると思っていただけに、今までの人生の中で一番ショックでしたね。クラブ側から色々な理由も聞いたのですが、結局は自分の実力が足りなかったのだと自分自身で納得できるまでに時間がかかりました。それまではただ辛くてJユースカップ(Jリーグユース選手権)までは情けないプレーだったのですが、その後の高円宮杯(高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会)では気持ちを切り替え、3得点を決めることができました」

高校卒業後はプロになることしか考えていなかったが、家族で話し合い、大学で経験を積んだ上で改めてプロを目指すことを決意する。
「大学進学を決めたのが遅かったのですが、最後まで待っていてくれたのが東京学芸大学でした。FC東京への思いが強かったので、(産学官連携事業を行うなど)FC東京とつながりが強い大学を選びたかったという理由もありましたね。そうやって大学進学を選んだのですが、結果的にとても自分のためになったと思っています。今、思うと高校まではサッカーのことしか考えていなかったし、ユースの仲間としか関わっていませんでしたが、大学ではサッカーとは関係のない人やサッカーをやっているけれど将来は教師を目指している人たちと出会うことができました。真面目な学生も多かったですし、世の中には色々な人がいて、こんな考え方もあるのだと、たくさんのことを吸収できたんです。高校卒業後にあのままプロになっていたら、結局はサッカーを続けられなかったのではないかと思うぐらい、4年間で自分の考え方も大きく変わり、成長できました」

フィニッシュを任せようと
思ってもらえる存在に

大学卒業後はヴォルティスでプロ生活をスタートさせることを選んだ。
「ヴォルティスには淳矢くん(富山北FCの1年先輩)や広太朗くん(FC東京U−18の先輩)など知っている選手がいて、練習参加した時にもとてもよくしてもらいましたし、実は自分をFC東京U−18にスカウトしてくれた長さん(長島裕明ヘッドコーチ)もいたので、ここからプロとして頑張っていきたいと思いました。この先、少なくとも10年間はサッカー選手としてやっていきたいと思っているので、そのためには練習だけでなく、食事、睡眠など基本的な生活も大切にしなければいけないと思っています」

第17節まで10試合に出場。ユース時代のライバルたちの活躍にも刺激を受けている。
「第16節のジュビロ磐田戦では東京ヴェルディユース出身の小林祐希選手と対戦して、頑張っているな、相変わらずうまいな、負けたくないと思いましたね。あとはやはり意識するのは武藤(武藤嘉紀選手 現・FC東京)です。自分はフィニッシュの場面に顔を出していく機会が多いですが、そこを決め切れないところがFC東京U−18で一緒にプレーしていた武藤との違いだなと。武藤とはずっと一緒にやっていたし、今も連絡を取っているので、かなり意識しています。プレーで見習うべきところも多いですね。何よりもルーキーの時からチームの中で武藤を活かそうという流れに持っていったことがすごいと思いますし、それは彼自身が実力で掴んだ環境です。自分もヴォルティスで“フィニッシュは陽次に任せよう”とパスが回ってくるような存在にならなければいけないと思っています」

フル出場した第16節ジュビロ磐田戦では佐藤選手の2点目のゴールをアシストしたのをはじめ、4本のシュートを打っている。
「ジュビロ磐田戦でもここで自分が決めていればというシーンが何回もありました。今はそこにフォーカスして練習していますし、実績、結果を積み重ねていった先に、10年間試合に出続けることができる選手としての道もあると思っています。自分自身が成長することがチームの勝ちにもつながっていくと思うので、今はとにかく結果を残すことだけを考えています」

自分自身の成長がチームの勝ちにもつながっていく

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