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Vol.84 青山 隼

何よりもサッカーの中身が大事だと思っていた

7月14日に引退を発表した際のコメントで「自分自身が思い描くプレーが表現できないことがあり、サッカー選手である自己に対しての追求に、キャリアをスタートさせた時とのギャップがあることに気づきました」と語った。
「どんな時もサッカーに正直に向き合ってきた自分がいたからこそ、今年の自分にこれまでとのギャップを感じていました。今まで試合に出ている時はもちろんケガをしている時であっても頑張れた自分がいただけに、これまで入っていたスイッチが入らないことに気づいたんです。それは自分の生き方として決して許せないことでした。そこがブレてしまうと、僕という人間が生きている意義はないですから。もちろん契約途中だったので本当にわがままな決断だったと思います。でも何よりもサッカーの中身が大事だと思っていたから、そんな気持ちではピッチに立てないし、人生の大きな決断としてブレてはいけないという想いの方が強かったです」

もちろん、スイッチが入らないと簡単にあきらめたわけではない。
「何度も入れようとしたけれど、どうしても入らない。ずっと葛藤してきたこの半年間が一番つらかったです。試合に出られないということは全く関係ありませんでした。それで辞めるのは逃げだと思っていましたから。やり切ったというのが、今の自分の正直な気持ちです。サッカーに対して真正面から向き合ってきたからこそ決断できたと思っています。今、引退してから1カ月経ちましたが、現時点ではピッチに戻りたいという気持ちはありません。現時点では自分の中でけじめをつけられたのかなと。充実しているというのが今の素直な気持ちです」

J1昇格と同じぐらい
忘れられない思い出

青山選手は名古屋グランパスエイトU-18からトップチームに昇格。2006シーズンから2008シーズン途中まで名古屋グランパスでプレーした後、セレッソ大阪への期限付き移籍を経て、2009シーズンに期限付き移籍という形でヴォルティスに加入した。当時、ヴォルティスは3年連続最下位という厳しい状況だった。
「未知な世界でのスタートで、正直、怖さや不安もありました。でも自分も21歳と若かったので、とにかくもっと試合に出てアピールしたいという気持ちのほうが強かった。2010シーズンまでの2シーズンは順位を上げることはもちろん、常に昇格を目指してプレーしていました」

2009シーズン、青山選手は45試合に出場して2得点の活躍を見せ、チームもリーグ9位と飛躍。18試合に出場した翌シーズンは8位に順位を上げて終了した。そして迎えた2011シーズン、オファーを受けて浦和レッズに加入する。
「もう1度J1でプレーしたいという気持ちを持ち続けてきた中で浦和から話をいただいて、レベルが高い、観客数の多いチームで自分がどれだけできるかというチャレンジをしたいと移籍を決めました。結果的には1試合しか出場できませんでしたが、ああいう環境の中で1年間過ごせたことはプロサッカー選手として1つの財産だと思っています」

この2011シーズン、ヴォルティスはそれまでの最高位である4位でシーズンを終えたものの目標として掲げていたJ1昇格を逃していた。そして2012シーズン、青山選手は再びヴォルティスでプレーすることを選ぶ。
「他のチームからもオファーをいただいた中で、成長したヴォルティスでもう1度、プレーしたいと思ったんです。その反面、チームを出た自分がファン・サポーターに受け入れてもらえるのかという怖さもありました。だから新体制発表の際、サポーターが“おかえり”と言ってくれたのは本当にうれしかった。2013シーズンの最後にJ1に昇格した時と同じぐらい、忘れられない思い出です」

真剣にセンターバックと
向き合ったシーズン

2013シーズン後半、本来のポジションであったボランチではなくセンターバックとして福元選手と組み、守備の要として第22節から第33節まで12試合連続不敗という快進撃を支えた。
「選手である以上、チームに求められていることをやるべきだと強く感じたシーズンでした。ずっとボランチをやってきた自分がどうしたらセンターバックとして表現できるかと考えた時、求められているのは自信を持っていたビルドアップや器用さだろうと。それを活かして、これぞセンターバックというプレーをやってやろうと思ったんです。監督や長さん(長島ヘッドコーチ)とも練習をくり返しましたし、真剣にセンターバックに向き合ったということは自信を持って言えます。守備については代表でも一緒にやっていたフク(福元選手)とお互いに信頼関係が築けていたこともあり、試合では常にここにいてくれるだろうという心強さがあったのも大きかったです」

2013シーズンは選手生活の中でも忘れられないシーズンとなった。
「ヴォルティスに再び加入したからには貢献したいとずっと思っていましたし、J1に昇格して、浦和レッズでできなかったことにチャレンジしたいという気持ちもありました。あのシーズン後半はチームが軌道に乗ってぐっとまとまり、勝てば勝つほどファン・サポーターとも一体となって、徳島県が一体となったような感覚がありました。昇格という結果が出せたこともありますが、勝利につながる試合に出してもらって、心からクラブに貢献できたと思えたシーズンでした」

ファン・サポーターの支えを改めて実感

今シーズンがプロ選手として10シーズン目だった青山選手。そのうち6シーズンをヴォルティスで過ごした。
「サッカーに対して全力で取り組み、向き合ったことが、最終的にはやり切ったということにつながると思っていますし、自分はそのやり切ったという気持ちになったのが、他の選手より早かったのだと思います。キャリアの半分以上を徳島で過ごしてきて、結果はもちろん真剣に取り組んだ過程も大事だと思っているので、そのことをファン・サポーターの方にも理解していただけたらうれしいですね」

引退を発表して1カ月近くの間に、自身のブログやツイッターにはたくさんのコメントが寄せられたという。
「正直、自分が引退することにこれほど関心を持っていただけるとは思っていなかったので、こんなにも応援してもらい、支えられてきたということを改めて実感しています。結果として試合に負けることはあっても手を抜いている選手なんて1人もいないですし、どんな時でも応援があれば頑張れるものなので、これからも選手たちを応援して欲しいです。もし、自分がサッカーをやっていなければ、そしてヴォルティスに在籍しなければ、こんなに応援していただくことはなかったと思いますし、これも徳島でできた縁だと思っています。これまでスタジアムや練習場で出会った方々も大事な仲間だと思っています。」

8月8日(土)の水戸ホーリーホック戦前に開催された引退セレモニーにはたくさんのファン・サポーターが集まり、すべての人に対して深々と頭を下げる姿が印象的だった。
「徳島はサッカー選手として、人としての基盤をつくることができた場所なので、今後は自分も1ファンとしてヴォルティスを応援していきたいです。これから新しい仕事をしていく上でも、サッカーに対して持っていた素直さやゼロから努力して頑張るというスタンスは変わりません。今後もファン・サポーターと気持ちの上でつながっていたいですし、僕のことも応援していただければ幸せです」

今後は1ファンとしてヴォルティスを応援していきたい

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